はじめに
今回の記事はストックオプションに関するものです。全く技術的な要素が無く普段の投稿と違うテイストの記事ですが、このブログの訪問者にはベンチャー企業に勤めてるかたが多いんじゃないか、つまり訪問者の方にとって何かしら有益な情報になるのではないかと思ってここに書きます。
個人的な話ですが、僕は株式に限っても10年以上トレードをやっており、さらに株式以外のFX等を含めると18年近くトレーダーをやっています。さらに初めてベンチャーに転職した頃にストックオプションとは?といった趣旨のWeb記事などをよく読んでいたのでそこそこ理解しているつもりでいました。しかしそれでも実際に前職でストックオプションを付与され無事に会社がIPOして行使できた過程の中で初めて理解したことがいくつかあったのでそれをまとめます。また、ついでに一般的なSOの説明記事等で取り上げられていない、特に新卒就職からずっとベンチャーで働いてる人たちにはあまり知られてないんじゃないかなって思ったことも書いていきます。
逆に、そもそもストックオプションとは何かとか上場とは何かみたいな話は書きませんのでその辺は世にたくさんある他の記事を参照してください。
免責事項
記事の内容は正確なものになるように努めますが、自分はストックオプションの専門家ではなく、1社で行使を経験しただけなのでこの記事の内容に基づいた判断や行動は自己責任でお願いします。本編の最初に書きますがストックオプションにはざっくり分けても多くの種類があり、各企業や主幹事証券会社の設計によって事情が変わりえます。疑問に思ったことはご自身の勤め先の担当者に確認してください。
参考にこの記事を書いている僕が経験したSOは無償SOで税制適格SOです。その他の種類のSOについては未経験なので、この記事では言及しません。また、主幹証券会社は野村證券でした。証券会社による差もあると思いますので注意してください。
それでは以下本文です。
1. ストックオプションには複数の種類があり、会社ごとにも細かい違いがある
これは比較的よく知られていることですね。最近信託SOというのも話題になっていますが、一口にストックオプションと言っても多くの種類が存在します。有償SOと無償SOや、税制適格SOとそうでないもの、信託型SOとそうでないものなど、ざっくり分けても複数種類があります。
さらに細かく言えば、ストックオプションは会社ごとに設計されるものであり、行使条件等が会社によって細々と違います。例えば在籍年数が一定を越えないと全部は行使できないとか退職後の行使を認めるかどうかとかの規約が会社によって違います。同じ会社であっても個人個人でロックアップの有無などが変わったりもします。
免責事項に書いたことの繰り返しですがご自身が付与されたSOの設計がどうなっているのかはよく確認する必要があります。
また、これらの事情から個々の会社ごとの差異を除いたSOの一般論として語れる内容には限界があり、世の中のSOに関する各記事に説明不十分な点が出てしまうのも仕方ないと思いました。
2. ストックオプションの権利行使と取得した株式の売却はそれぞれ別の手続き
世の中のWeb記事のざっくりとした解説では「ストックオプションとは決められたか価格で株を買う権利であり、その価格より株価が高い状態で行使すると差額分を利益として得られる。」と言った解説がされています。要するに「行使価格100円のSOを株価300円の時に行使したら一株当たり200円の利益を得られる」と言った趣旨のことが書いてあります。
これで僕は「SOを行使してその株を売る」という1個の手続きが存在するのかな、と勘違いしていました。要するに「SO行使します」と言ったら(行使価格と時価の差分)*(株数)の行使益みたいなものがポンと振り込まれるのかと思っていました。
実際は、行使は行使、売却は売却で別々の手続きです。まずSOを行使して株を買って、その後保有し続けるか売却するかという話になります。
3. ストックオプションを行使するときはお金を払う
2.の続きですね。行使と売却が同時にできず、まずSOを行使するだけという手続きがあるので当然の話ですが、株を買う権利を行使するならその購入費用を支払わないといけません。
自分が100万円分のSOを行使したいなら100万円払う必要がありますし、1000万円分のSOを行使したいなら1000万円、1億円分なら1億円を指定口座に振り込む必要があります。
これ読んで心配になった人もいるかと思いますが、SOの一部を行使して、その株を売って、それで得た資金でまたSOを行使して、と繰り返すことも可能なので自己資金がなくてSOが無駄になるってことはあまりないと思います。ただ、後に書きますが、株をなかなか売れない人もいるのでこの手段は全員がスムーズに使えるわけでは無いのでその点は注意です。
4. 税制適格ストックオプションは年間の行使額に上限がある
税制適格ストックオプションは税率が優遇される代わりに色々制限がつきますが、その中で社員が特に気にしないといけないのがこの点です。2023年時点では税制適格ストックオプションの年間の行使価格の上限が1200万円となっています。
もう少し細かくいうと、租税特別措置法 第29条の2というのがあって、「二 当該新株予約権の行使に係る権利行使価額の年間の合計額が、1200万円を超えないこと。」と定められています。
ただ、これは税制上の優遇を受けられる法律上の上限行使額が年間1200万ってことで、各企業ごとにうちは上限x万円までしか行使できないとか別途規約があったり、税制上の優遇がされなくていいならいくらでも行使していいとか個々に規定がある可能性もあるのでよく確認してください。
これが大きく影響するのは多額のSOを条件に招致される役員さん等でしょうね。
5. ストックオプションの行使には証券会社に専用口座が必要
これは主幹証券会社によって違うかもしれません。僕が経験したのが野村證券だけなのでそれを例に書きます。
実は、新卒で入った会社を辞める時に持株会の株を売るために野村證券の口座を作りました。その後は手数料が高いので使わず、解約手続きも電話が繋がらずできなかったのでただ放置していた口座でした。SOを付与された当時の勤め先の主幹証券会社が野村證券になった時にじゃあこの口座を使えるかと思っていたのですが、ストックオプションの取引にはストックオプション専用講座が必要ということになり野村證券に改めてもう一口座開設の手続きが必要でした。
一般的に自分が複数の証券会社に口座を持っている場合、口座間で株式の移管が行えるものなのですが、税制適格ストックオプションの税制上の優遇を受けるためには他の証券会社に移さず、この専用講座で売却する必要があります。
野村證券なので売却手数料は馬鹿みたいに高かったです。普段ネット証券を使っている方は驚くと思います。ただ逆にSOを行使して株式を購入する時は手数料はなく、純粋に行使価格と株数を掛けた金額をちょうどが支払い金額でした。この辺も主幹証券会社によって事情が変わると思います。
6. ストックオプションの行使には時間がかかる
これはタイトルそのままです。会社や主幹証券会社によって日数は少々変わると思いますが。SOを行使したい旨を会社に伝えて申請書をもらって書いて提出して承認してもらって行使資金の振込先口座を教えてもらってお金を振り込んでそこから手続きが進んで、自分の証券口座に株式が移されるという手順を順に踏んでいくことになり、1個1個の手順が数日がかりになります。
通常の株の購入みたいに今日買いたいと思ってもすぐできるものでは無いということです。
7. ストックオプションを行使して得た株は自由に売れるわけでは無い
これはストックオプションに限った話ではなく、上場企業社員の一般論です。通常は、上場企業の社員は自分が勤める会社の株を自由に売り買いできず、会社ごとに何かしらの規約があります。
また、IPO固有の事情としてはロックアップというものがあって、一部の大株主や役員は新規上場から一定期間該当株式の売買ができない取り決めになります。
僕はこのロックアップの対象外だったので上場直後から複数の知人から「ロックアップついてなかったから、もういつでも売れるんじゃ無いですか?売りました?」と言った趣旨のことを言われました。しかし、ロックアップがなかったからと言って自由には売れません。
これは本当に会社ごとに規約が違うので自社に確認するべきですが、売買できる期間が決まっていて売買を希望するなら事前に申請が必要とかそういう種類のルールがあると思います。非上場企業の場合、現時点でルールがなかったとしてもおそらくIPOする時にこの種のルールが作られると思います。
また、退職したとしても一定期間はその企業の関係者扱いになります。これが法律で決まってるのか各企業の自主的な規制なのかと言った詳しいことは知りませんが、自分が新卒時就職した上場企業も退職後1年間は証券口座上で関係者扱いだったのでおそらく一般的なルールなのでしょう。
8. 実はストックオプションはノーリスクでは無い
ここまでに買いた2, 6, 7 の組み合わせから導かれる結論がこれです。なんか世の中には株価が下がったらストックオプションを行使しなければいいだけだからノーリスクだという主張をする記事があります。実は僕はそれを信じていたので2.の行使と売却が同時にできるのではという勘違いをしていました。
ストックオプションの行使と株式の売却が別の手続きで、それぞれがタイムリーに行えない以上、ストックオプションを行使してから売るまでに株価が行使価格を下回って損をするリスクはあります。また、行使だけに限ってももう取り消しできないという段階で株価が暴落し、市場価格より高い金額で購入することになるリスクはあります。
9. ストックオプションの保有状況はIPO時に公表される
実は当事者になって一番びっくりしたのがこれです。日本取引所グループのサイトに新規上場企業の情報がまとまったページがあります。ここのPDFを見ていくと各企業の株主の情報が載っているのですが、現物株を持ってる人だけでなくストックオプションの保有者も公開されます。公開されるのは氏名と住所(市や区まで)と株数ですね。
参考: 新規上場会社情報 | 日本取引所グループ
7. で知人にばれた元ネタはこれと、これを転載したIPO情報サイトです。
10. ストックオプション専用口座で発生する利益にかかる税金は源泉徴収では無い
これはもしかしたら証券会社によって違うかもしれません。少なくとも僕が使っているところでは特定口座と扱いが異なり、売却益からはまだ税金が取られていないので時期が来たら確定申告して自分で納税することになります。これ自体は今後やることなのでこれ以上語れることはありません。
11. なかなか株を売れない人もいるらしい
これは自分はそうではなかったので伝聞だけの話です。会社の中でも特に要職にある人はそう気軽に株式を売却できないらしいですね。こうなると3. で書いたテクニックのSOを行使してその株の売却資金で次のSOを行使するって手段が使えなくなります。
また、7. の上場企業の従業員は自由に売買できないって話にもつながりますが、インサイダー情報を知ってる人という扱いになると売買を申請しても却下される可能性があるとも聞きました。
これは会社だけでなく個人個人によって状況が大きく異なる点なので各自がよく確認してください。
12. 売却時期の判断は難しい
これはただの感想。実際難しいです。個人的にはちょっとしくじったと思ってますがもう仕方ないですね。個人投資家としてのキャリアの中でもこんな大きなポジションを持ったことはなかったですし、さらに自分は新規上場株を扱ってこなかったので、これまでの取引経験が活かせたような実感はありませんでした。
まとめ
株取引をやっているので自分は詳しい方だと思っていましたが、それでもストックオプションに関して誤解していることが複数ありました。人生でそう何度も経験することではなく、当事者のほとんどが情報不足で直面するわりにインパクトが大きいことなので、この記事が訪問者の方々のキャリアの中でなにかしらお役に立てれば幸いです。
免責事項の中で書いたことの繰り返しになりますが僕自身も1回経験しただけで、ストックオプションは他にも種類があるため、他の種類のストックオプションにはそれはそれで固有の事情があると思います。ベンチャーで働く皆様におかれましては各社の制度をよく理解し良いベンチャーライフをお送りください。